鹿児島市 – 萩原 彰一さん

2009.11.01

埼玉県からUターン

住所 鹿児島市田上台
移住した年月 2009年11月
移住前の住所 埼玉県深谷市
家族構成 母と妻
ブログ・HP 団塊サポート.com
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移住した理由

東京の出版社を55歳で現役リタイア後、デジタルハリウッド大学院でデジタルコンテンツマネジメントを学び直して、サイト構築プロデュースやデジタル仕事も出来る出版&Web編集者として首都圏で団塊サポート株式会社を設立と同時に、生涯現役の団塊・シニア世代応援サイト「団塊サポート.com」を開設、起業しました。

しかし、平成21年9月に90歳で他界した父親の介護が本格化し、故郷鹿児島で長期介護に携わる母や身内を全面サポートすべく、故郷へのUターンを決定した翌日に、父は旅立ちました。父が亡くなる前夜、同窓会の帰り道に新宿から父に電話し、「鹿児島に必ず帰るから!」と約束したとおり、故郷鹿児島に残された母と同居すべく、埼玉の自宅を空き家にしたままで鹿児島にUターンし、母とともに暮らすようになりました。

移住してよかったこと

鹿児島市内で青果業を営む妹夫婦の全面協力を得ながらも、5年間に渡る介護の連続で母は疲れ果て、すぐに父のあとを追うのではないかと心配するくらいに衰弱していましたが、Uターンしてともに暮らしながら母を見守り、デイサービスに通わせるなどしているうちに、弱っていた母が徐々に元気を回復していきました。現在母は、週2回のデイサービスに通う日を生きがいとするようになり、Uターンして仕事の拠点を故郷鹿児島に移しつつ母と同居し、母を見守ることが本当によかったと思っています。

Uターン後は、故郷の知人・友人・身内などの人脈に恵まれ、鹿児島市中央卸売市場の青果市場で、競り売買に参加できる小売商の方々の組合・青果食品協同組合の事務局広報外部スタッフとして中央卸売青果市場内の入荷物を毎日撮影取材しながら、組合事務局のネット&紙媒体での情報発信を担当させていただいております。

独立後即故郷へUターンできていれば、もっともっと父親を介護出来、また自らの事業展開もかなり違っていたことでしょう。

移住を考えている人へのアドバイス等

サラリーマンリタイア組の団塊世代やシニアが、首都圏や大都市で培った人生経験と仕事上のノウハウを、少し遅れ気味に進化していく地方や故郷に貢献する形で再活用できれば、本当にリタイア後の人生に笑顔の花が咲き、実が成るものだと実感いたしております。

特にサラリーマンの現役リタイア後の故郷へのUターンは、年老いた親達超高齢者をサポートできると同時に、故郷を元気にする様々な知恵の移転、大都会で築いた財産や富の故郷への移転にもなり、「後半の人生を、何とか故郷のために貢献したい!」と念じつつ、生まれた故郷で暮らしていくだけでも、様々な故郷への貢献を実現でき、後半の自らの人生にも大きなドラマが展開されていくとの確信を持てました。

故郷にUターンされた折には、まずは故郷の歴史・文化や暮らしを再学習すべく、故郷の図書館や社会人大学、様々な学習会や飲み会に顔を出して、故郷の知恵と人脈を新たに築きましょう。故郷での再出発は、面白い出会いや新たな発見に遭遇でき、故郷に貢献できる仕事にもきっと恵まれることでしょう。我々シニアが積極的に故郷へのUターンに挑めば、あなただからこそ発見できる故郷の貴重な宝を再発掘出来ると思います。泣こよかひっ飛べ!(笑)

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