鹿屋市 – 伊藤 ふさ さん

2005.07.01

大阪よりUターン

住所 鹿屋市上谷町
移住した年月 2005年7月1日
移住前の住所 大阪市東淀川区淡路
家族構成 母・妹
仕事 「おおすみFMネットワーク」事務局長
HP:おおすみFMネットワーク
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移住した理由

地元の高校を卒業後、関西の大学に進学して就職。西宮、宝塚、大阪で32間暮らし、鹿屋に帰ってきたのは2005年、51歳の時でした。

目的は、コミュニティFM放送局(「FMかのや」「FMきもつき」「FMしぶし」)の開局準備のためです。2004年に、関西在住の高校の同級生が集まって「50歳の誕生日会」をたびたび開いてました。そのときに同級生のOさんが故郷にコミュニティFM放送局をつくりたいという夢を語りました。当時の私はビデオ制作を仕事にしていましたが、「情報は力になる」と感じていましたので、大隅地域に放送局ができることは意義あることだと思いました。ですからプレゼンテーション用のビデオを作ることで応援すると話したことを覚えています。

将来、母を関西に呼び寄せて一緒に暮らす予定でしたので、鹿屋に帰って仕事をすることになるとは思ってもいませんでした。ところが、専従で開局準備(放送免許申請や設立協力金集め)をする人がいなければ、コミュニティFM放送局の計画が進まないと、発案者のOさんや関西在住の同級生に説得されて、開局準備のために帰ることを引き受けたのでした。

移住してよかったこと

2006年8月に「FMかのや」と「FMきもつき」10月に「FMしぶし」が開局、2009年に「FMたるみず」が加わって、大隅地域の4つのコミュニティFM放送局は「おおすみFMネットワーク」として連携して放送しています。放送エリアは人口は、およそ20万人です。放送開始から5年目を迎え、リスナーさんもかなり増えて「情報のちから」を実感しています。

鹿屋に帰って来た当初、知り合いは数人の同級生だけでしたが、ラジオを通して老若男女、様々な方々との出会いがあり、助けられて、私の人生が豊かなものになっていることを感じます。

また、今年80歳になる母や妹と久しぶりに生活できることは嬉しいことです。食べ物や水、空気がおいしくて、住んでいる人が穏やか、時々野菜を頂いたり、野の花を飾れる生活は、全てに、お金が必要だった関西での暮らしに比べると、50代後半を迎える今の私には魅力的です。

移住を考えている人へのアドバイス等

2010年11月「関西鹿屋会」の方にスタジオ生出演していただきました。「故郷に良い仕事があって、うまく鹿屋にUターンできてよかったですね。帰りたくても、なかなか帰れないものですよ」と言われて、そうか私はUターンしたといえるのかと気づきました。自分では、それまでUターンしてきたという意識は全くありませんでした。

ですから、移住を考えておられる方へのアドバイスになるかどうかわかりませんが、もしも退職後や早期退職をしてのUターンを考えておられるなら、他所で身につけた技術や知識、人間関係などを生かした<仕事や活動>を自ら興すことを考えてみてはいかがでしょう。

鹿児島県は人材供給県だとも言われていますが、身につけたものを持ち帰って、生涯現役の精神で新たな自分の居場所や人間関係を<仕事や活動>を通して手に入れては、いかがでしょうか?

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    23年度初春 第7回地域対抗招福なんこ大会
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    輝北まつりにて

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