奄美市 – 小坂田 徹朗さん

2008.02.01

東京からIターン

住所 奄美市
移住した年月 2008年2月
移住前の住所 東京
家族構成 夫婦
ブログ・HP ネットショップ「島の宝」
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移住した理由

岡山県北の美作市で高校時代まで過ごし、キャプテンを目指すため18歳で東京商船大学に入学。大学最後の遠洋航海前の卒業旅行にと、友人と選んだのが沖縄返還前の日本最南端の奄美でした。貧乏学生だったので、当然ながら船旅でした。偶然、船中で知り合った笠利の青年と意気投合し、家に泊めてもらいました。

その頃の笠利の海岸は一面が枝珊瑚に覆われ、裸足で歩くと痛くて足の下でポキポキと珊瑚が折れる音がしました。まだ紬全盛の頃で、集落の中に機織小屋が点在しており、おばあさんや若い娘さんが一緒に紬を織っていました。夜は機織小屋に遊びに行っておしゃべりしたり、若い娘さんと夕暮れの海岸でしばしお話をしたことなど南の島での忘れられない思い出です。

移住のきっかけは、定年後、妻に実家の焼酎蔵の営業を手伝ってほしいと頼まれ「第二の人生で大事なカミさんに孝行できるなら」と移住を決意しました。

移住してよかったこと

焼酎蔵に入って、原料のサトウキビと米を自前で生産することを目指し、仕事の傍ら、農業を始めました。営業職で人相手に疲れていたのか、農業の癒しと楽しさにはまり、程なく蔵を退職し本格的に農業を始めました。

今は島の山にあふれている樹木の皮などを使い、有機肥料や化成肥料を一切使わず、農薬も使わない環境に優しい農業で島興しをしようと張り切っています。

東京時代から釣りもやっていて、小さなボートも持ってきました。奄美は魚種が豊富で、魚影も濃く、釣り好きには夢のような島です。農業が少し余裕がでてきた最近は島の友人と週末にマイボートで釣りに行っています。夏は涼しく冬は暖かい南の島はセカンドライフには最高の島ですね。なにより人が温かいのが最高です。

移住を考えている人へのアドバイス等

定年後の移住を考えている方は、社会経験もあり、多少なりの蓄えもあると思いますので、年金+生きがいを探してはいかがでしょうか。社会貢献は生きがいにつながります。趣味のようなものが何か一つあれば、それが取っ掛かりになることもありますね。

若い方でも、頭と体を上手く使えば、農業だけで生計を立てることも十分に可能です。実際、島に遊びに来て、そのまま農業を始め、定住されている方も何人かいらっしゃいます。要はやる気と知恵の問題ですね。今の時代、情報はやる気さえあれば集まる時代ですから。

ただし、ネット時代とはいえネットの情報は必要量の30%程度しか期待できません。やはり、いつの時代も人が情報の源です。人付き合いがどんな仕事でも一番重要ですね。

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