【子どもも大人も「気持ちに余白がある」暮らし】山田一生さん・裕美子さんご夫婦/2010年垂水市に移住


山田一生さん・裕美子さんご夫婦
生き物を専門に学ぶ学校で出会い、共通の「かえる好き」をきっかけに意気投合。
自然や生き物への関心を軸に、暮らしと仕事を重ねてきたご夫妻。
広島県出身の一生さんは、中学卒業後に家族で東京都へ移り住み、専門学校卒業後は都内で勤務。東京都出身の裕美子さんと結婚後も都内で暮らしていましたが、2006年からは奄美大島に渡り、「マングースバスターズ」として外来種対策に携わる。
裕美子さんも同じく2006年、第一子を妊娠中に奄美大島へ移住。島の自然と向き合いながら、家族での暮らしをスタートした。
2010年、縁のあった鹿児島県垂水市へ家族で移住。田んぼや畑に立ち、生き物の循環を大切にした農業を実践しながら、地域との関係を少しずつ育んできた。
現在は子育てをしながら、「生き物とともにある暮らし」を軸に、農業・子育て・地域とのつながりを日々更新し続けている。
Q.垂水市へ移住しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
一生さん:
垂水は、妻の母方の祖父母の家があった場所なんです。祖父母はすでに亡くなっていて、家は空き家になっていましたが、「家と田んぼが残っている」という状況がありました。
奄美大島では、生き物を守る仕事がしたいという思いから、約4年間、自然保全の仕事に携わっていました。奄美は自然に関心を持つ人や活動がとても多く、「ここでは自分一人が頑張らなくても、自然は守られていく」と感じるようになったんです。
それなら、自分の力を注げるフィールドを持ちたいと思い、長野や広島、東京の西側、四国など、いろいろな地域を探しました。でも、どこも「いきなり移る」にはハードルが高くて。
その中で垂水だけは、家があり、田んぼがある。田んぼを一から始めるのは本当に大変なので、「一番早く一歩を踏み出せる場所はここだ」と思って、移住を決めました。
裕美子さん:
正直に言うと、最初、垂水市は「なるべく来たくない移住先」でした(笑)。
でも、四国を回っていたときに夫が「垂水の風景を思い出した」と言ったんです。それをきっかけに、「家もあるし、やりやすいかもしれないね」と思うようになりました。
農業については両親から心配されましたが、「ここに住んでくれるなら助かる」と、最終的には背中を押してもらえました。
Q.ご両親の心配は、やはり「農業は大変だから」という理由でしょうか?
裕美子さん:
そうだと思います。夫の母は農家で育っているので、大変だった記憶が強く、農業にあまり良いイメージがなかったのだと思います。
私の両親はずっとサラリーマン家庭で、自営業や農業に縁がありませんでした。私自身も「農業をする自分」を想像したことがなくて、本当に何も分からない状態からのスタートでした。
一生さん:
自分たちも分からないことだらけだったので、親の心配はよく分かりました。それでも、「とにかくやってみよう」という気持ちのほうが強かったですね。

Q.農業について、研修や勉強はされたのですか?
裕美子さん:
全くしていません(笑)。今思えば、本当に勢いだけでした。
一生さん:
研修に行く選択肢も考えましたが、近くにちょうどいい場所がなくて。遠くまで行けばありましたが、生活やお金の面で難しかったです。
裕美子さん:
それに、私たちは環境保全を学んできたので、「同じ土地は二つとない」という感覚が強くて。他の場所で学んだことが、そのままここで通用するのか疑問でした。
だから、「この土地のことは、この土地で始めながら覚えるしかない」と思っていました。

Q.実際に始めてみて、地域との関係はいかがでしたか?
一生さん:
最初は、かなり距離を感じました。若い人が来て田んぼを始めること自体は歓迎されていたと思いますが、周りの人と違うやり方で田んぼを始めてしまって。「何やってるんだ」「あいつら大丈夫か」という空気になり、だんだん話しかけられなくなりました。
裕美子さん:
最初はアドバイスももらいましたが、聞いているようで、実際は全然違うことをやっていたので(笑)。そりゃ「何やってるんだ」って思われますよね。
Q.そこから、どうやって関係が変わっていったのでしょうか。
一生さん:
2年くらいやって、「このやり方じゃ難しいな」と自分たちでも気づきました。
最初は田んぼを耕さずにやっていましたが、地域の方に「耕す作業だけでもお願いできませんか」と頼んだんです。
そうしたら、周りの反応が一気に変わりました。「ちゃんとやる気があるんだな」と思ってもらえたんだと思います。
裕美子さん:
田んぼって、一人の作業で成り立っているわけではなくて、みんなの頑張りで全体が維持されているんですよね。
最初は「自分たちの田んぼ」という感覚でしたが、「ちゃんと付き合いながらやらないといけない」と気づいてから、まずはあぜの草刈りを誰よりもきれいにするようにしました。
それを続けていたら、少しずつ認めてもらえて、応援してくれるようになりました。

Q.現在は、お米づくりが中心になっていますね。
一生さん:
最初は、田んぼは続けつつ、野菜の販売が中心になるイメージでした。でも、結果的には逆になりました。
地域では、お米で生計を立てている人がほとんどいないので、専門で米をやっている立場は少し特殊です。
裕美子さん:
お手本になる人が近くにいない分、悩むことも多いですが、今も勉強しながら続けています。
Q.生き物の保全という視点は、どのように農業に取り入れていますか?
一生さん:
特別なことをしている感覚はありません。農薬を使わずに田んぼを続けていると、自然とカエルが増えてきます。
裕美子さん:
肥料も使っていません。「ここにあるものだけで続ける」ことで、その土地に合った生き物が戻ってくればいいなと思っています。
一生さん:
特に意識しているのが、水の管理です。アマガエルはオタマジャクシの期間が長く、田んぼに水がある期間が確保されないと育ちません。
一般的には一度水を抜く方法もありますが、私たちは「オタマジャクシのために水を抜かない」選択をしています。
Q.この場所で、「ああ、落ち着くな」と感じる風景や瞬間はありますか?
一生さん:
田んぼから見る刀剣山ですね。
普段はずっと田んぼで作業しているので、ふと顔を上げたときに、東側に刀剣山があって、その奥に高隈山、いわゆる大隅の高隈連山が見えるんです。
毎日見ている風景なんですが、天気や時間帯でまったく表情が違う。
雨上がりのときなんかは、緑がぐっと近づいてくるように見えて、「ああ、いいな」と思います。
ずっと同じ場所に立っているはずなのに、同じ景色は一日としてない。その感覚が好きですね。
裕美子さん:
私は、畑から見える桜島です。
畑と桜島が一緒に視界に入る、その感じがすごく好きで。
作業の合間にふっと目に入るだけで、気持ちが整うというか、落ち着くなと思います。
一生さん:
きれいなだけじゃなくて、灰が飛んでくるのもよく見えるんですけどね(笑)。
でも、それも含めて「この土地で暮らしている」っていう実感があります。

Q:子育てをしてきて、「これは都会では得られなかったな」と感じることはありますか?
一生さん:
一番は、子どもも大人も「気持ちに余白がある」ことだと思います。
騒いでも、走り回っても、周囲に迷惑をかけている空気をそこまで感じないので、親の気持ちにも余裕が出て、結果的に子どもにも優しくなれる。それは、この環境だからこそだと思います。
子どもたちが自然のなかで農作物に触れ、かえるや虫をつかんで遊びながら育っている姿を見ると、「垂水に移住を決めてよかったな」と思う瞬間は、何度もあります。

Q.これから考えていきたいことや、印象に残っている出来事はありますか?
一生さん:
最近、特に印象に残っているのが、垂水で開かれた水産関係の集まりです。
全国から、環境のことを真剣に考えながら漁業に取り組んでいる人たちが集まる場で、いわば「水産サミット」のようなものでした。
農業でいう有機農家や循環型農業と同じような感覚を、漁業の世界でも持っている人たちがいて、その話を聞くのがすごく新鮮でした。
裕美子さん:
海って、全部つながっているじゃないですか。
一人が頑張ったからといって、すぐに状況が変わるわけでもない。
海水温が上がって魚が減って、獲る人も、育てる人も、加工する人も、みんなが困っている。
環境の話というより、「もう生活として困っている」という切実さを感じました。
一生さん:
印象的だったのは、
養殖、天然漁、貝類など、やっていることは違っても、
「資源は、取ればなくなるし、守れば増えていく」という認識を、みんなが共有していたことです。
農業の世界では、意外とそこまで共通の視点で話す場が少ないので、正直、衝撃でした。
裕美子さん:
畑は、ある意味、個人で完結できる部分もあります。
でも田んぼは、川や山、海とどうしてもつながっている。
田んぼをやっていると、「農業だけ考えていればいいわけじゃない」という感覚は自然と身につくんですが、それが漁業や林業とも、同じ線の上にあるんだと、改めて感じました。
一生さん:
田んぼのことは、地域の人たちと一緒にやっていれば完結していると思っていた部分もありました。
でも、もっと大きな循環の中に自分たちの暮らしがあるんだと気づかされましたね。
だからといって、今すぐ何か大きなことができるわけではありません。
ただ、分野を越えた視点を持つことで、環境との向き合い方や、地域の未来の考え方は、もう一段深くなるんじゃないかと感じています。
裕美子さん:
目の前には人口減少という現実もあって、
「まずは田んぼをどう続けるか」という課題も、正直かなり大きいです。
子どもたちの通う生徒の数が年々減っていることも、人口減少について実感する1つです。
それでも、広い視点で考えることをやめたくない。
あの場で出会った人たちと、「課題は違っても、感じていることは同じなんだ」と思えたことは、すごく大きな収穫でした。

Q.移住を考えている人へ、メッセージをお願いします。
裕美子さん:
移住の仕方は本当にいろいろあると思います。受け入れ体制が整った地域を選ぶのも良い選択です。
ただ、どこに行っても一番大事なのは、集落の人とちゃんとつながること。それができないと、「来た意味」が分からなくなってしまう気がします。
私たちは、何もない場所に来たからこそ、「だったら自分たちで魅力をつくろう」と思えました。そういう選択もあっていいと思います。
一生さん:
子育ての面でも、田舎は本当に余白があります。
子どもが元気に遊んでいても、周りが受け止めてくれる。その空気は、親の気持ちも楽にしてくれます。
裕美子さん:
もちろん、友だちが近くに住んでいないなどのデメリットもあります。
それでも、家族で同じ場所で同じ時間を過ごしながら暮らせていることは、何よりの豊かさだと感じています。
