【やりたいことを、ひとつ先延ばしにしなかったら。】西田愛恵さん/2025年10月 伊仙町に移住

「迷っているなら、やってみた方がいい。失敗したら、また大阪に戻ればいいくらいの気持ちでした。」
そう笑う西田愛恵さんは、北海道で生まれ、大阪で17年暮らしたあと、2025年に鹿児島県の離島、徳之島へ移住しました。
島をバイクで走りたいという思いから始まった移住は、鹿児島県の「お試し移住サポート制度」をきっかけに、『とくのしま伊仙まちづくり協同組合』との出会いへとつながります。現在は、同組合でマルチワークをしながら、島での新しい暮らしを楽しんでいます。
今回は、西田さんと、お試し移住サポート制度で西田さんの移住をサポートした伊仙町(いせんちょう)の移住コンシェルジュ・大保健司さんにもお話を伺いました。実は大保さんも2020年に大阪から徳之島へ移住した先輩移住者。移住者だからこそ寄り添える視点とともに、西田さんの島暮らしを振り返ります。

島移住を決めた理由――「大きさがちょうどいい」
Q. 出身と、徳之島に来るまでの経緯を教えてください。
A.(西田さん)
北海道の美深町(びふかちょう)で生まれ、函館、札幌と移り住み、高校まで北海道で過ごしました。大学進学を機に大阪へ出て、そのまま17年ほど暮らしていました。
もともと「いつか島に住んでみたい」という思いがあって、移住を具体的に考え始めたのは2〜3年前です。候補には五島列島や与那国島などもあり、実際に壱岐へ行ったこともありました。「奄美暮らし移住体験ツアー(鹿児島県主催)」に参加したことをきっかけに、鹿児島の離島にも興味を持つようになりました。
徳之島に決めた一番の理由は、「島の大きさがちょうどよかった」ことです。私はバイクが好きで、「島を走りたい」という思いが移住の大きなきっかけでした。与那国島も魅力的だったのですが、少し小さいかなと思っていて。一周100km近くあって、海も山も楽しめる徳之島が、自分にはちょうどよく感じました。石垣島や宮古島のような観光地というより、もう少し落ち着いた雰囲気の島だったことも決め手になりました。
A.(大保さん)
移住先に徳之島が合うかどうかは、本当に人それぞれです。徳之島の中にも天城町、伊仙町、徳之島町の三つの町があって、それぞれ雰囲気も違います。
でも、西田さんと初めてお話ししたとき、「この人なら大丈夫だな」という安心感がありました。まだ関わりは浅かったですが、人柄も誠実で、「一緒に島で暮らしていけそうだ」と自然に感じたことを覚えています。
移住コンシェルジュとの出会いが、島での暮らしの入口に
Q. 移住にあたって、行政の制度はどのように活用されましたか?
A.(西田さん)
2回目に島を訪れた際、鹿児島県の「お試し移住サポート制度」を利用しました。そのときに伊仙町の移住コンシェルジュとして紹介していただいたのが、大保さんでした。移住や仕事について相談する中で、複数の仕事に携わりながら働く「マルチワーク」ができる、『とくのしま伊仙まちづくり協同組合』を提案していただき、現在は島での暮らしをスタートしています。
A.(大保さん)
鹿児島県の「お試し移住サポート制度」を利用いただいた移住検討者さんと、特定地域づくり事業協同組合がつながる流れは、とてもスムーズなんです。
まず移住コンシェルジュが相談を受け、その方に合った仕事や暮らしを一緒に考える。その中で、特定地域づくり事業協同組合という選択肢が合えば、仕事や住まいまで一体的にサポートできます。
西田さんも、相談から仕事、住まいまで一つの流れで進めることができたので、不安なく移住につなげられたと思います。
| 【MEMO】「特定地域づくり事業協同組合」とは? 「特定地域づくり事業協同組合」は、人口減少地域で安定した仕事と暮らしを支えるための制度です。農業や介護、福祉など、複数の事業者が協力して一つの協同組合をつくり、移住者を正規職員として雇用します。季節によって仕事先は変わりますが、年間を通して安定した収入を得ながら、地域のさまざまな仕事を経験できるのが特徴です。伊仙町では『とくのしま伊仙まちづくり協同組合』が運営しており、仕事だけでなく、住まい探しや移住後の相談までワンストップでサポートしています。西田さんも、この組合を通じて島での仕事をスタートしました。 参考リンク:https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/tokutei_chiiki-dukuri-jigyou.html |
思っていたより、ずっと暮らしやすかった島の日常
Q. 実際に移住してきて、生活面での感想は?
A.(西田さん)
思っていたより、ずっと暮らしやすかったです。大阪市から移住したので、「生活はかなり不便になるだろうな」と覚悟していたんですが、実際はそんなことはありませんでした。
特に大きかったのは、今年1月に伊仙町へドラッグストアができたことです。それまではAコープ(JAグループが運営するスーパーマーケット)が中心で、薬などを買うには少し不便さもありましたが、今では生活に必要なものはほとんど町内でそろいます。最近は伊仙町から出ることも少なくなりました(笑)。
あと意外だったのは、ご近所付き合いです。田舎暮らしは人との距離が近くて、何かと干渉されるイメージを持っていました。でも実際は、ほどよい距離感で接してくださる方が多くて、自分にはそのくらいがちょうどよかったですね。
暮らしてみると、不便さよりも「ちょうどいい」と感じる場面の方が多かったです。
A.(大保さん)
島は「不便そう」というイメージを持たれることも多いですが、生活に必要なものは一通りそろっています。今では各町にドラッグストアもできて、暮らしやすさはさらに高まったと思います。
人との距離感も地域によって少しずつ違いますが、西田さんのように「思っていたより暮らしやすい」と話される方は多いですね。

島を走る楽しさ――海より心に残った山の風景
Q. 島に来てみて、バイクで走った感想は?
A.(西田さん)
バイクに乗り始めたのは7〜8年前です。最初は「免許だけ取ってみようかな」という軽い気持ちだったんですが、せっかくなら乗らなくなる前にと思って、すぐにバイクを買いました。そこから一気にはまってしまって、250ccから400ccへ乗り換え、今はSR400に乗っています。
島に移住した理由の一つも、「海沿いをバイクで走りたい」という思いがあったからです。でも実際に暮らしてみると、意外にも心を惹かれたのは山の景色でした。
山の中を走ると、両側には畑が広がっていて、その先には深い緑の山並みがあります。「島なのに、こんなに緑があるんだ」と驚きました。海だけじゃない景色があることを知って、走る楽しみがさらに増えました。
最近のお気に入りは、島を縦に走る県道へ向かって山道を下っていくルートです。少し高い場所から海へ向かって走っていく感覚が気持ちよくて、朝日も夕日も見渡せる景色は、何度走っても飽きません。

A.(大保さん)
徳之島は山の中まで舗装された道路が多くて、バイクでも走りやすいんです。標高のある場所から海へ向かって下っていく道では、一気に視界が開ける瞬間があって、本当に気持ちがいいですよ。

島の文化を受け継ぎ、未来へつなぐ――特定地域づくり事業協同組合でのマルチワーク
Q. 特定地域づくり事業協同組合ではどのような仕事をされていますか?
A.(西田さん)
現在は子ども園で働いていて、2か月になります。その前の半年間はデイサービスで勤務していました。
デイサービスはまったくの未経験でしたが、とても楽しかったですね。利用者のみなさんと一緒に島の歌を歌ったり、島口(しまぐち)(※島の方言)を聞いたり。最初は何を話しているのか全然分からなかったんですが、少しずつ言葉を覚えていくうちに、仕事を通して島の文化に触れられていることを実感しました。
子ども園に移ってからは、また違った楽しさがあります。島の高齢者の方々と関わったあとに、今度は島の未来を担う子どもたちと向き合う。その流れが自分の中ではすごく自然で、デイサービスで感じた島の文化や人との距離感が、今の仕事にもつながっているように感じています。
A.(大保さん)
特定地域づくり事業協同組合では、農業や介護、福祉など、さまざまな職場を経験できます。
西田さんは、どの職場でも本当に評判が良くて、「いい人が来てくれた」とよく言われるんです。困ったことがないか聞いても、いつも「大丈夫です」と前向きに答えてくれるので、安心して送り出せています。
いろいろな仕事や人と出会いながら地域に馴染んでいけるのも、マルチワークの大きな魅力だと思います。

「スナックをやってみたい」から始まった、新しいご縁
Q. 島での暮らしの中で、思いがけない出来事はありましたか?
A.(西田さん)
移住相談のとき、大保さんから「島でどんな暮らしがしたいですか」と聞かれて、「いつかスナックをやってみたいんです」と話したんです。
まずは勉強も兼ねて働いてみようと思い、特定地域づくり事業協同組合での仕事と並行して、スナックでアルバイトを始めました。
そうしたら、そこでお客さんとして来ていたのが、今の旦那さんです(笑)。島生まれ島育ちの人で、向こうから声をかけてもらったのがきっかけでした。
ご縁がつながって結婚し、来年1月には子どもが生まれる予定です。まさか島へ移住して、こんな人生になるとは思っていませんでした。
A.(大保さん)
「飲み屋さんをやりたい」と聞いたときは、「それはいいですね」と思いました(笑)。
特定地域づくり事業協同組合は副業も認めているので、仕事をしながら、自分のやりたいことにも挑戦できます。そういうチャレンジの中で新しい出会いが生まれることもあります。
徳之島は離島では珍しく出産できる病院もあり、昨年は病院も新しくなりました。子育て支援も充実しているので、安心して子育てを始められる環境だと思います。
大阪で培った経験を、いつか島の力に
Q. 今後やってみたいことはありますか?
A.(西田さん)
「飲み屋さんをやりたい」という夢は引き続き持ちたいと思っています。
それとは別に、大阪で13年間続けてきた仕事も、いつか島で生かせたらと思っています。
前職は「歩行訓練士(視覚障害生活訓練等指導者)」という仕事で、中途で視覚障害のある方が再び自分で歩いたり、仕事へ通ったりできるよう支援する、という仕事をしていました。歩行訓練だけでなく、点字やパソコン、スマートフォンの使い方などもお手伝いしていました。
この資格を持っている人は全国でも200人ほどしかいません。島にも視覚障害のある方はいると思うので、今すぐではありませんが、いつか自分の経験を生かして力になれることがあればいいなと考えています。
A.(大保さん)
歩行訓練士は全国的にも少ない専門職なので、島でも必要とされる場面はきっとあると思います。
西田さんはいろいろなことに挑戦しながら暮らしているので、その経験がまた新しい形で地域に生かされていくんじゃないかなと期待しています。

「70歳になってからでは遅いと思った」
Q. 最後に、移住を考えている方へのメッセージをお願いします。
A.(西田さん)
迷っているなら、一度やってみた方がいいと思います。
私自身も、「もし合わなかったら大阪に戻ればいい」くらいの気持ちで移住しました。だから、あまり構えすぎなくてもいいんじゃないかなと思います。
本格的に移住を考え始めたきっかけは、「定年が70歳くらいになる」という話を聞いたことでした。「70歳になってから、本当にやりたいことができるのかな」と考えたときに、「やるなら今しかない」と思ったんです。
一度来てみるだけでも、見える景色は変わると思います。迷っている時間があるなら、まずは一歩踏み出してみることをおすすめしたいですね。
A.(大保さん)
移住を考えている方は、「仕事はどうしよう」「住まいはどうしよう」と不安になることも多いと思います。
でも、お試し移住サポート制度や、特定地域づくり事業協同組合のような仕組みを活用すれば、一緒に仕事や住まいを考えながら進めることができます。
一人で悩み続けるより、まずは気軽に相談していただけたらと思います。
